出産

【出産】経過順調な妊婦が死にかけた話【後半】

経過順調だった私が出産で死にかけた話の【後半】です。
前半・後半ともに発達障害の要素はあまり出てこない記事になっていますが、
(高齢)出産や夫の立ち合い等にご関心のある方は最後まで読んでいただけたらうれしいです(^o^)

あくまで私個人のイチ体験です
出産や痛みなどの感じ方は1人1人異なるので参考程度に留めていただければと思います。

【出産】経過順調な妊婦が死にかけた話【前半】 まどりです。およそ5ヶ月ぶりのブログ更新です。この5ヶ月の間に出産を終えて、どうにか無事に娘が生まれました。いま娘の世話にてんてこ舞い...

大出血、股裂け10数針縫う

2019年11月22日 朝8:22
“いい(11)夫婦(22)の日”に娘は無事に生まれました。
私の産道(股)を奥深くまで引き裂きながら…

気絶しそうな痛みの中
死に物狂いで「いきみ」、娘が外に出てきました。
そのあと胎盤も外へ。

ここで問題が発生、精魂尽き果てた私にさらなる試練(地獄)が待ち受けていました。

娘を取り上げた助産師さんの顔がこわばり
「どうしよう、(出血が)止まらない…」
とつぶやきました。

どうやら娘が出てきたところから血が止まらないようでした。

すぐに当直の医師が呼ばれ
私の膣に手を突っこみ「何か」をかき出しました。

まどり

ぎああー*△●ーー!!


分娩室の外まで聞こえる叫び声をあげていました(外で待機していた母の談)。

顔も知らない初対面の当直医に股に手を入れられ内容物がかき出され、腹を力いっぱい押されました。
何度も何度も…

まどり

ぎああー*△●ーー!!
やめてー!
ケイさん(夫)助けてケイさん!!


泣き叫びました。

立ち合い出産で私の手をずっと握っていた夫がいません。

この時夫は助産師に呼ばれ
私の状況説明と、大出血して輸血の必要があるため血液型を聞かれていました。

1時間で7回注射を打たれる

そんなことは知らずケイさん(夫)がどこかへ消えたまま
いきなり上腕に注射を打たれます(注射1回目)。
子宮収縮剤を注射したみたいです。

平行して股に手を突っ込まれ腹を思いきり押されながら
採血の注射を打たれ(2回目。
そのあとすぐに点滴の注射を打たれ(3回目、
「出血が多いので鉄剤を入れますね。」

また上腕に注射を打たれます(4回目。
追加の子宮収縮剤だそうです。

不安と混乱と激痛で訳の分からないまま
私の裂けた股を医師が麻酔なしで縫い始めました。

まどり

ぎああー*△●ーー!!
ケイさん助けてケイさん!!


最後のチカラを振りしぼり発狂…

痛み止めの注射を打たれました(5回目。
それでも縫合が痛く、追加の痛み止めが注射されました(6回目。

途中から数えることを諦めましたが、
私の股は少なくとも10針は縫うほど派手に裂けていたようです。

痛すぎて、疲れすぎて夫もいない心細さを見て
助産師さんが顔の近くに生まれたばかりの真っ赤な娘をちょこんと置いてくれました。


無事に生まれてきてくれたのね…
ありがとう娘…
ようやく会えたね…

夜通し約10時間の激しい陣痛の痛みに耐え
死に物狂いの「いきみ」で娘と胎盤(の一部)を出し
精魂尽き果てたところにさらに1時間
裂けた股の縫合処置と大出血を止める処置が分娩台で同時並行で進められて。

自分の身に何が起きたのかわからなかった。


ただ、

まどり

遺書を書いておくんだったなぁ…

と絶叫しながら、頭の隅でぼんやり考えていました。


処置が終わり
分娩台の上で呆然

汗をびっしょりかき、ガタガタと震えが止まりませんでした。


そして注射をした鉄剤が効いたか確かめるため再び採血(注射7回目。

わずか1時間ほどで注射を7回も打たれ、
腕に針を刺すところがなくなったので病室のベッドに戻ってから、再び打った注射の部位は手の甲。
痛かった…(8回目。

時間あたりの注射回数新記録達成です←


命の危険がある大出血でしたが、
迅速な鉄剤の大量投与で輸血をせずに済み、命に別状もなく助かりました。

母乳が出ない

病室のベッドでグッタリ休む私のところに次々と来る看護師さんたちが神妙な面持ちで口々に
「大変でしたね…」
と言います

出産後、退院するまでの5日間で20回以上は言われました。
「出産おめでとうございます」
のお祝いの言葉より多く言われました。

自分の身に何が起きたのかよくわからないまま、入院中も慌ただしく娘の世話がスタート。

ここでも問題が起こります。

母乳がまったく出ないのです。
出る気配すらありません。

不安になって看護師さんに聞くと
母乳は血液で出来ているため大出血した私の体はまず先に、体にまわる血液作りを優先させるそうです。
なので母乳作りは二の次になっていて出ないのだ、と…

入院中のほかのママたちの母乳が出はじめる姿を横目に
夜、1人ベッドで泣きました。

耐えきれずに看護師さんの前でも号泣しました。

出産したら時間はかかっても母乳は出ると思っていました。

出産前から娘が私のおっぱいを吸うイメージを頭の中で何度も反芻していました。

母乳を娘にあげるため
妊娠中に10年以上飲んできた向精神薬をがんばって断薬しました。
10年以上服薬してきたので断薬は簡単ではありませんでした。

【体験談】断薬・減薬に成功した3つの理由 精神科の薬を何年も飲み続けているけど、少なくしたい、出来るならやめたい。今回はそんな人へ向けて私の体験談を書きます。(今回はQ&...


母乳育児のため必死に努力した向精神薬の断薬が、大出血という出産トラブルで水の泡となりました。

悔しかったし悲しかった…

完全ミルクのいま、
母乳にこだわる必要はまったくなかったと思えます。
が、出産してしばらくはとても辛かった。

全治1年? ボロボロの心身

出産の時、私の身に何が起きたのか。

かかりつけ医(産婦人科)によると出産時、
①胎盤の一部残存による大出血
②産道が複数方向に裂けたため10数針縫う

かかりつけ医の丁寧な説明でようやく自分の身に起きたことを正確に理解できました。
産後1ヶ月以上経っていました。


出産時500ml以上の出血で「出血過多」となります。
が、私は1,700mlも出血しました。
「出血過多」の定義の3倍以上の出血でした。
いつも冷静なかかりつけ医も
「うわっ……大変なお産でしたね…」
と驚いていました。


股の縫合跡が腫れて違和感が消えるのは半年以上かかること。
そして肛門近くまで裂けたため、肛門括約筋が断裂したかもしれず。
1年くらいの長い目でみていきましょう、などと言われました。

夫婦二人三脚で乗り越えた出産

壮絶な出産でしたが良いこともありました。

陣痛室で夫が夜通し付きっきりで献身的に世話をし支えてくれました。

寝ないでずっとそばにいてくれて、
陣痛の激痛でのたうち回る私の尾骨にテニスボールを当て、背中をさすり、水を飲ませ、手を握り、トイレへ連れて行ってくれました。
助産師さんたちが近くにいたことはもちろん心強かったですが、夫が常にそばにいてくれたことで出産の不安も和らいだし少し安心もしました。
夫婦2人で出産を乗り越えられた想いです。

立ち合い出産よりも、およそ10時間の陣痛室での献身的な支えが本当に助かったし救われました。
夫よ本当にありがとう。


*現在(2020.4.29)夫と離婚危機の状態です。
また別の機会に書きます(;^ω^)

まとめ 「母子ともに無事」言葉の重みを知る

娘が無事に生まれ、
当たり前のように夫も両親も義理家族も
みな生まれた娘のほうに向いています。
娘と出会えた喜びと、すくすく成長する娘に救われる思いです。

ただ、辛い出産を終えた私は1人
ボロボロになった心身を自分で抱きしめ、ケアしています。
夫や両親に出産時のことを話しても、いまいちピンときていないようです。
母からは
「(分娩室で)叫んでいて大げさなんだよ。」
などと暴言を吐かれました…

看護師さん助産師さんたちからは「本当に大変でしたね」と労われたものの、心と体に深い傷を負いました。
出産の痛みと恐怖と寝不足、
娘が外に出て精魂尽き果てたあとの地獄。

力ずくで押されたお腹(子宮収縮を促すため。ある程度収縮しないと出血が止まらないため)、
膣に手を突っ込まれて残った胎盤をかき出された激痛、
1時間にわたる股の縫合(最初は麻酔なし)、
立て続けに打たれた7回の注射。

世間でよく言われる
「出産は命がけ」
「母子ともに無事」
という言葉の重みを、
出産を終えたいま身をもって実感しています。

子どもは無事でもママが助からないことも、その逆もある。

「母子ともに無事」

は決して当たり前ではない。

最後に、病院スタッフの方たちに感謝します。

忙しい中、泣きじゃくる私の背中を優しくさすってくれたことを忘れません。
焦らなくても大丈夫、と声をかけてくれたこと。
本当にありがとうございました。
(入院生活のこともブログに書けたら)

まだ回復途中の心身をこれからも引き続きケアしていこう。

まどり

大変だったけれど、娘と出会えた喜びは何ものにも代えがたいです